昨日の感想

id:voootさんの文。
そもそも劇上版響鬼ブログは全然子ども向けだと思ってないのでフィルタリングの問題は違うような気がする。スーツアクターを気にしたり鬼のデザインの裏話を読みたがる子供ってあんまり低年齢の少年少女にはいないような。

でも字が読めてネットを自由に使いこなせるようになるとやっぱり問題は出てくるよなあと思う。このへんの結局子供のいない自分にはよくわからないし、何を書いても説得力ない気がする。


ただヒーローショー観に行くとほとんどは親子連れ(子供は未就学児童)なわけで、そういうところにしょっちゅう行ってると、仮面ライダー響鬼が誰のものか?というのがいやでも肌で感じられちゃうのよね。
さすがにそういうところではいわゆる狂儲も暴れないだろうから(暴れる人は本当のアレだけど)、やっぱりネット人格というのは別物だなあと思う。


id:matuokaさんの文。

ちなみにわたしはネットの意見のやり取りの半分は「後だしじゃんけん」と「読解力がひくいですねメソッド」と「優越感ゲームですねメソッド」でできてると思う。関係ないですけど。

うーん、そのとおり。
あとネット議論ていうのはギャラリーの居るものなので、余計にお互いのプライドが過剰になっちゃうのはあるかもしれない。
どっちが正しいか間違ってるかは、結局本人同士というよりまわりのギャラリーのジャッジなのかなあという気がする。理屈で間違ってても勝つ勝負みたいのはあるわけで。
実際変につっぱるより折れるか妥協出来るか、適当なところで宿題にするかって感じなのかなあ。宿題っつーのが一番いい気がする。


id:takunさんの文。

ちょうどいいケンカ相手は欲しいなあというのは自分も思うけれど、顔の見えないネットではなかなか難しい気がする。それなりにつきあいが長ければいいのかもしれないけど、「貴方がそんな人だとは知りませんでした!絶交!」みたいな可能性もあるわけだし。


議論すること自体を楽しめる人と楽しめない人がいるってことなのかなあ。
釣るほうが必ずしも結論を求めて釣ってるってわけはないはずだし、相手の心を折ってやるとまで気合を入れてるヒトはなんか異常だし。読んでるほうもそれを察してくれればいいんだけど。


でもネットで文を発表するってことはだれかに読ませてる・読ませたいってことだし、同時に自分がどんな名文・名理論を書いたつもりでも、まわりからの評価・批判を受け付けなければなんか物足りないないし意味ないと自分では思ってたり。

どんな形であれ俺の文章が他人の思考のきっかけになったとしたら、
それは嬉しいし、面白い。

だからこの文章はまったく同意。


「おまえと俺は戦うことでしかわかりあえない!」
とまでは言わないけれど、言わないとわからないでしょっつーのもホントだと思う。あとはお互いクールに話を進めるテクニックの問題なのか。


でもこうしてだらだら書いてる自分が全然実践出来てないんですけどー。
http://d.hatena.ne.jp/kasindou/searchdiary?word=shiraishi